オルセー美術館企画 ピエール・ボナール展

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章解説

1章 日本かぶれのナビ

印象派に続く世代に属すピエール・ボナール(1867-1947 年)は、ゴーギャンの影響のもと結成されたナビ派の一員として、繊細かつ奔放なアラベスクと装飾モティーフが特徴的な絵画を多く描きました。ナビ派の画家たちは、 1890 年にパリのエコール・デ・ボザールで開かれた「日本の版画展」にも衝撃を受けます。ボナールは浮世絵の美学を自らの絵画に積極的に取り込み、批評家フェリックス・フェネオンに「日本かぶれのナビ」と名付けられるほどでした。また、同時代の象徴主義演劇とも呼応する、親密な室内情景を描いた作品もこの時期に集中して制作されました。
《黄昏(クロッケーの試合)》

《黄昏(クロッケーの試合)》1892年 油彩、カンヴァス オルセー美術館   © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

《ランプの下の昼食》

《ランプの下の昼食》1898年 油彩、板に貼られた厚紙 オルセー美術館© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF

2章 ナビ派のグラフィック・アート

芸術家としてのキャリアをスタートさせるきっかけとなった《フランス=シャンパーニュ》をはじめ、初期のボナールはリトグラフによるポスターや本の挿絵、版画集の制作にも精力的に取り組みました。とりわけ、ナタンソン兄弟が創刊した雑誌『ラ・ルヴュ・ブランシュ』は、ボナールが独創的なリトグラフを試みる舞台となりました。雑誌の挿絵だけでなくポスター制作も手掛けており、大胆なデフォルメと意表を突く構図が際立っています。また、即興的なデッサンに象徴されるボナールのリトグラフの特徴は、油彩作品にも見ることができます。
《ラ・ルヴュ・ブランシュ》

《ラ・ルヴュ・ブランシュ》1894年 多色刷りリトグラフサントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)

《フランス=シャンパーニュ》

《フランス=シャンパーニュ》1891年 多色刷りリトグラフ 川崎市市民ミュージアム

目を離すな、色が意味あるものに変わる瞬間から。

3章 スナップショット

コダックのポケットカメラを購入したボナールは、1890 年代の初めから写真撮影を行うようになりました。ボナール家の別荘があったル・グラン=ランスでは、水遊びに興じる甥っ子たちをはじめ、家族がめいめいに余暇を過ごす様子が撮影されています。また、ボナールが恋人マルトと住んだパリ郊外のモンヴァルの家では、庭の草木のなかに佇むマルトのヌードを写した美しい写真の数々が生まれました。これらの写真には、中心を外した構図やピントのボケなどにより、生き生きとした効果がもたらされています。
《ル・グラン=ランスの庭で煙草を吸うピエール・ボナール》

《ル・グラン=ランスの庭で煙草を吸うピエール・ボナール》1906年頃 モダン・プリント オルセー美術館    © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

《陽光を浴びて立つマルト》

《陽光を浴びて立つマルト》1900-01年 モダン・プリント オルセー美術館 © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

似ていることは手段であって目的ではない。その価値は、しばらく見つめたあとに現れる。

4章 近代の水の精たち

ボナールの画業全体において最も重要な位置を占めるのが裸婦を描いた作品の数々です。壁紙やタイル、カーテン、絨毯、小物、鏡などが織りなす重層的な室内空間のなかで、ボナールの描く女性たちは無防備な姿を露わにしています。生涯の伴侶であったマルトをはじめ、ボナール家の医師の妻であったリュシエンヌや、マルトの友人でボナールの愛人となるルネ・モンシャティら複数の女性がモデルをつとめました。ボナールの描く彼女たちの顔は曖昧で、モデルが特定できない作品や、複数の女性の特徴がみられる作品もあります。
《浴盤にしゃがむ裸婦》

《浴盤にしゃがむ裸婦》1918年 油彩、カンヴァス オルセー美術館  © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

《化粧室 あるいは バラ色の化粧室》

《化粧室 あるいは バラ色の化粧室》1914-21年 油彩、カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

生きた自然を描き出そうというのではない。絵のほうを生きているようにするということだ。

5章 室内と生物「芸術作品ー時間の静止」

「親密さ」というテーマは、ナビ派の一員であった 1890 年代から晩年までボナールを魅了し続けました。一見するとありふれた室内には、人工的な照明や独特のフレーミングによって、親密さと同時にどこか謎めいた雰囲気がただよっています。そこでは、燃えあがる色彩によって、慣れ親しんだモティーフが未知のものへと変貌を遂げているようです。日常世界の微細な変化にも目を向け続けたボナールは、それをカンヴァス上に定着させることを「時間の静止」と捉えていました。
《桟敷席》

《桟敷席》1908年 油彩、カンヴァス オルセー美術館  © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

《ル・カネの食堂》

《ル・カネの食堂》1932年 油彩、カンヴァス オルセー美術館 (ル・カネ、ボナール美術館寄託) © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

6章 ノルマンディーやその他の風景

ボナールはやわらかな光の中に壮大な風景が広がるノルマンディー地方の自然に魅了されていました。1912 年には、モネが住むジヴェルニーに近いヴェルノンという街に、セーヌ河岸の斜面に建つ小さな家を購入します。テラスから空と水のパノラマを一望できたこの家での暮らしは制作意欲をおおいに刺激しました。庭には野生の植物が生い茂り、その重なりは精妙なグラデーションとして描き出されています。そしてボナールが頻繁に訪れたアルカションやトルーヴィルでは、表情豊かな空が大きな空間を占める海景画が生み出されました。
《ボート遊び》

《ボート遊び》1907年 油彩、カンヴァス オルセー美術館  © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

《トルーヴィル、港の出口》

《トルーヴィル、港の出口》1936-45年 油彩、カンヴァス オルセー美術館(ポンピドゥー・センター、国立近代美術館寄託) © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / image RMN-GP / distributed by AMF

6章 ノルマンディーやその他の風景

《花咲くアーモンドの木》

《花咲くアーモンドの木》1946-47年 油彩、カンヴァス オルセー美術館(ポンピドゥー・センター、国立近代美術館寄託) © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / image RMN-GP / distributed by AMF

自らを画家=装飾家とみなしていたボナールは巨大な装飾壁画も手がけました。そこでは生の喜びを謳い上げ、「アルカディア」を出現させようとした画家の創意が見てとれます。また 1909 年、画家アンリ・マンギャンの誘いで南仏のサン=トロペに初めて長期滞在し、母に宛てて「色彩に満ちた光と影」が織りなす「千夜一夜」の体験を書き送ります。その後、彼はコート・ダジュールを毎年のように訪れ、1926 年にはル・カネの丘の上に建つ、地中海を一望する家を購入します。第二次世界大戦中もこの地に留まり、1947 年に亡くなるまで、輝く色彩に満ちた終わることのない「夏」を描き続けました。
《水の戯れ あるいは 旅》

《水の戯れ あるいは 旅》1906-10年 油彩、カンヴァス オルセー美術館  © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF